2009年12月アーカイブ

日本におけるアニメーション

明治期の末に国外から短編アニメーションが輸入、上映され、凸坊新画帖と題されて公開された。これが最初のアニメーションの訳語ともみなされる。

アニメの主流であるセルアニメーションは、映画の場合は漫画映画、テレビの場合はテレビ漫画と呼ばれたが、今日では商業用セルアニメショーンは、アニメという略語が用いられている。
なお、動画はアニメーターの政岡憲三による提唱。さらに遡ると、線画、漫画、繰画という呼称があったという。

「線画」から「動画」へ
映画のクレジットの記録などから見ると、1930年代では「線画」がほとんどであったが、1940年代では「線画」と「動画」が混在するようになり、戦後になるとほとんど「動画」が使われるようになっていることがわかる。

アニメ広場

明治期の末に国外から短編アニメーションが輸入、上映され、凸坊新画帖と題されて公開された。この凸坊新画帖が最初のアニメーションの訳語ともみなされる。
アニメの主流であるセルアニメーションは、映画の場合は漫画映画、テレビの場合はテレビ漫画と呼ばれたが、今日では商業用セルアニメショーンは、アニメという略語が用いられている。

なお、動画はアニメーターの政岡憲三による提唱。さらに遡ると、線画、漫画、繰画という呼称があったという。



1970年代から1980年代まで行われたアニメ映画興行『東映まんがまつり』や、テレビアニメ番組の『まんが日本昔ばなし』など、タイトルに「まんが」が使われていた。

このことにより、当時これらを楽しんでいた世代より上の年齢層の人は、今でもアニメのことを「テレビマンガ」もしくは「マンガ映画」などと呼ぶ場合があるが、現代の日本語では概ね動画である「アニメ」と、静止画もしくは印刷物である「マンガ」は区別されており、アニメーションを「マンガ」とする用例は衰退していった。

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